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【うつ病の息子を支えた母親の体験記 第2話】「疲れた、もういいでしょ!」

2018/05/11
 
この記事を書いている人 - WRITER -
うつ専門カウンセラー・精神保健福祉士 サラリーマン時代、過労と心労がきっかけで27歳のときにうつ病と診断され、以後5年半にわたり重度のうつ生活を送る。体もむしばまれ難病により大腸全摘出、マンションの最上階から飛び降りたことも。 心身ともに乗り越えた後、「以前の自分と同じような人の力になりたい」と、うつ専門カウンセラーとして2008年に起業。以後10年間、うつで悩んでいる方やご家族へのカウンセリングを積み重ねてきた。 全国の自治体や企業でのうつや自殺対策に関する講演は年間約50回。 著書に「ありがトン(サンマーク出版)」、「人生をやめたいと思ったとき読む本(東洋経済新報社)」、「自殺者3万人を救え!ー”命”みんなで守る社会戦略(NHK出版・共著)」
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もしも息子がうつ病になったら。。親として何を思うのでしょうか。

 

第1話の

【うつ病の息子を支えた母親の体験記 第1話】自分の子どもがうつ病!?

に引き続き、ぼくがうつ病だった時に母が何を思っていたかをお伝えします。

今回は全て、当時母が書いていた日記からの記事です。

※この体験記は2013年5月に、母がぼくと一緒に新潟の講演会でお話しさせて頂いたときの原稿が元になっています。


講演会の時の写真です。いつもは笑顔で楽しい母ですがぼくがうつの時は違いました

外は五月晴。私の心は落ち込む。

(日記)2005年4月30日

和夫、昼頃まで寝ていた。

顔がさえない。
昼食を食べると2階に行きテレビを見始めたが、
2時半頃そっとのぞくとまた寝ている。

 

これがうつ病というものか。
何かできることはないか。

何か手助けしたいとの思いが
すぐ出てしまう。

が、この病気は、ほっておくのが最良だという。

そこのところが苦しくて、つらくて、
気持ちが沈み込んでしまう。

 

和夫がずっと考え込んでいるような、
焦点の定まらない、
ボヤッとした状態でいるのを見ると、
いたたまれなくなる。

うつ専門カウンセラーとして補足

この病気は、ほっておくのが最良だという

とあり、母もそう聞いて実践したのでしょうが、一概にほっておくのがいいとは言えません。

「もう気にされてもいないのか、諦められたのか」とも受け取られかねないし、実際ぼくもそう思ったこともあります。

「外に行ったほうがいいよ」といった促しは確かに気力がない時は辛いことが多いですが、こちらからアプローチする方法はあります。

例えば「しんどそうだよね。正直、どんなふうに辛いかわからないから、よかったら教えて」というように、「わからないから、教えて」と聞いてみることもできることの一つです。同じ目線でわかろうとすること、この気持ちがうつの人にじわりと響いていくことも多いです。

 

5月7日

和夫、殆んど寝た状態。

初めて午後から主人と3人で銚子丸へお寿司を食べに行った。

和夫は、食べてはいたが普通の様子ではなく、
まるで元気がない。

家に帰るとすぐに横になり、ずっと眠っていた。

生きる希望がない。
目がどんよりしている。
太った。

今日も重い雲におおわれているような、
とらわれた心の一日だった。

 

5月10日

朝7時に食事。
2時間くらいソファで寝る。
薬を飲んでまた2階の部屋で横になる。

外は五月晴。私 の心は落ち込む。

「危ないですね、すぐ帰った方がいいですよ」

7月6日

5ヶ月ぶりに会社に復帰。

和夫は喜びと、
寝てしまわないか、きちんとできるか、
の不安が半々だという。

======

 

この頃、和夫は離婚に対して
ものすごい執着心と後悔の思いがありました。

深く落ち込んでいて身もだえする日が続き、
ある日私に

「疲れた、もういいでしょ!」

という言葉をはきました。

もう人生やめてもいいでしょ、という意味でしたが、
その時私はたいして深く考えもしませんでした。

その頃は様子を見に、
一日に何度も気づかれないように足音をしのばせて
2階の和夫の部屋に行きました。

ドア越しに息を殺してみていると、
もがき苦しむ中、

「死にたい」

という言葉が何度か出て、
私はしばらく身動きできませんでした。

 

8月2日

和夫、会社へ行く気力なし。
休んだ。

時間をずらして会社に1ヶ月近く通ったが、
上司の方が気にかけて下さり、
殆んどやる仕事もないそうで全く元気がない。

気になって和夫が通っているクリニックへ
主人と状態を話しに行った。

「最近はベッドで身もだえして
”死にたい”と連発しています」

と言うと、先生は

「今、息子さんは一人ですか? 
危ないですね、すぐ帰った方がいいですよ」

と言われ、会社のことも聞かず、
2人であわてて帰った。

一時間半後、和夫の姿を見て
胸をなでおろした。

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と、日記にありました。

それから2週間後、
本当にマンションから飛び降りるとは。

 

息子のぼくが今読んで思うこと

いやぁ「しばらく身動きできなかった」「胸をなでおろした」など、その時の母の気持ちを今冷静に考えると、なんともいたたまれない気持ちにもなります。

当時母から「できることなら変わってあげたい」と言われたことがありました。きっと心から思って言ってくれたんだと思います。それくらい近くにいるのに何もできないというもどかしさは半端ないですよね。

しかし当時のぼくはそんな母の気持ちを受け止める余裕もなく、「変わりたいって言ったって、変われるわけないだろ!」と怒鳴ったのを覚えています。ひどい言葉だと今は思うけど、本当に自分のことで精一杯でした。

 

第3話

【うつ病の息子を支えた母親の体験記 第3話】本当にマンションから飛び降りるとは

に続きます

 

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うつ専門カウンセラー・精神保健福祉士 サラリーマン時代、過労と心労がきっかけで27歳のときにうつ病と診断され、以後5年半にわたり重度のうつ生活を送る。体もむしばまれ難病により大腸全摘出、マンションの最上階から飛び降りたことも。 心身ともに乗り越えた後、「以前の自分と同じような人の力になりたい」と、うつ専門カウンセラーとして2008年に起業。以後10年間、うつで悩んでいる方やご家族へのカウンセリングを積み重ねてきた。 全国の自治体や企業でのうつや自殺対策に関する講演は年間約50回。 著書に「ありがトン(サンマーク出版)」、「人生をやめたいと思ったとき読む本(東洋経済新報社)」、「自殺者3万人を救え!ー”命”みんなで守る社会戦略(NHK出版・共著)」
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