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【うつ病の息子を支えた母親の体験記 第8話(終)】気がつくと、まさにうつが私を救い、和夫を救ってくれました

2018/06/06
 
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うつ専門カウンセラー・精神保健福祉士 サラリーマン時代、過労と心労がきっかけで27歳のときにうつ病と診断され、以後5年半にわたり重度のうつ生活を送る。体もむしばまれ難病により大腸全摘出、マンションの最上階から飛び降りたことも。 心身ともに乗り越えた後、「以前の自分と同じような人の力になりたい」と、うつ専門カウンセラーとして2008年に起業。以後10年間、うつで悩んでいる方やご家族へのカウンセリングを積み重ねてきた。 全国の自治体や企業でのうつや自殺対策に関する講演は年間約50回。 著書に「ありがトン(サンマーク出版)」、「人生をやめたいと思ったとき読む本(東洋経済新報社)」、「自殺者3万人を救え!ー”命”みんなで守る社会戦略(NHK出版・共著)」
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第7話の

【うつ病の息子を支えた母親の体験記 第7話】開業、心からおめでとう! これからもよろしくね

に引き続き、ぼくがうつ病だった時に母が何を思っていたかお伝えします。

今回が最終回です。

(最初から読みたい方は
【うつ病の息子を支えた母親の体験記 第1話】自分の子どもがうつ病!?

※この体験記は2013年5月に、母がぼくと一緒に新潟の講演会でお話しさせて頂いたときの原稿が元になっています。

ずっと子離れできていなかった

和夫が家に帰ってから3年半にわたる闘病生活は、私にとって本当につらい苦しいものでした。

でも病気が治って振り返った時、そこにさまざまな学びがあり、反省がありました。

和夫の何もする気力のない、ただ寝てばかりの状態の中で、それと同じ位置でもがき苦しみ、ただおろおろして、そこから抜け出せない自分がいました。

私の生きがいは子供、子供がすべて、との思いのもと、ずっと子離れできていないことは、自他共に認めるところでした。

 

それが当然のことだと思っていました。

が、全く変わっていない自分に気づかされました。

子離れもできず、自立もできていない、わがままで自分本位の私であることを認めざるを得ませんでした。

 

苦しんでいる和夫を少しでも温かい目で見なければ、と思ってはいても、おのずと私の不安感、あせり心、いらだちが顔に態度に出てしまっていたようです。

そのつど和夫の症状に振り回され、共に落ち込んで、しまいには私自身うつ状態になりつつありました。実際になっていたかもしれません。

息子が時に激しく怒ったり、イラついたりしていたことが、今になってうなづけます。

 

息子のうつは、自分に対する試練だったのかも

こうしてみますと、和夫のことは、私に対する試練だったのかもしれません。

子供に対する執着をとって、子離れをして、少しでも自立したマシな人間になるための試練だったのではないかと思われます。

非常に遅ればせながら、私はやっと少しは子離れできるようになったのではないか、

少しは人間的に成長して、落ち着いて人様を見られるようになったのではないか、と思います。

うつに出会わなければ一生子離れできず、子供からはずっとけむったい目でみられ、嫌われていたと思います。

 

また、和夫もうつという大きな壁を乗り越えて随分変わりました。

親の目からみて、生き方、考え方が随分と変わったと思います。

自分のことより人様のことも思えるようになりました。

気がつくと、まさにうつが私を救い、和夫を救ってくれました。

 

(両親(後列中央)と家族親戚と)

 

和夫の夢であります、

「うつ蔓延社会」を「うつ円満 社会」へという大きな大きなテーマに少しでも近づいていけますように、苦しむ人が少しでも楽になれますよう、私も微力ながら応援していきたいと思っています。

皆様、これからもどうぞよろしくお願い致します。

今日、こうして、私にとってまさに夢のような和夫との講演をさせていただいて感無量です。

私のつたない話を聴いて下さって、本当にありがとうございました。

(2013年5月12日の母の日、母の人生初の講演会(新潟)で母が話した体験記でした)

 

息子のぼくが今読んで思うこと

ぼくはうつによって人生が変わった、うつになってよかったと心から思っています。そして母も「気がつくと、まさにうつが私を救い、和夫を救ってくれました」と言っています。うつは本人も支える人も本当に大変だけど、人生の大きな転機にもなり得ることです。うつが家族の絆を深めてくれた、結果としてそう思います。

また、ずっと動揺せずにぼくと母を見守り続けてくれた父親の存在も有り難く感じます。

 

最後に(うつから抜けたのには、母の何がよかったのか)

決して綺麗事でまとまリはしないのですが、3つほど書いて見ます。

1、まず、今回こうしてまとめる上で、母が子どもを想う気持ちって本当にすごいんだと感じました。スキルどうこうよりも結局はその気持ちが一番の支えであり、それが大きいんだと感じました。子離れどうこうじゃなくて根本的なものです。

2、それと、母がぼくのうつに対して母なりに向き合い続けてくれたとこと、これも何だかんだ大きかったです。悪態も出しましたが、やっぱり何とかしようという気持ちは自然と支えになっていました。

3、そしてもう一つは、少しずつぼくのことを信じ始めてくれた、ということです。最初の頃はずっとうつのぼくのことを近くで観察しているような感じがありましたが、それが手術後あたりから減っていって自分自身が好きなことに時間を割くことが増えていきました。「うつであろうがなかろうが、どっちも和夫だしまぁいいかな」というような気持ちもなんとなく伝わってきました。

以上、3つでまとめられることではありませんが、自分なりに書いてみました。

母とぼくの体験記は単なるひとつの親子の体験記ですが、少しでもお役に立てればぼくも母も嬉しいです。
2018年の母の日に。

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うつ専門カウンセラー・精神保健福祉士 サラリーマン時代、過労と心労がきっかけで27歳のときにうつ病と診断され、以後5年半にわたり重度のうつ生活を送る。体もむしばまれ難病により大腸全摘出、マンションの最上階から飛び降りたことも。 心身ともに乗り越えた後、「以前の自分と同じような人の力になりたい」と、うつ専門カウンセラーとして2008年に起業。以後10年間、うつで悩んでいる方やご家族へのカウンセリングを積み重ねてきた。 全国の自治体や企業でのうつや自殺対策に関する講演は年間約50回。 著書に「ありがトン(サンマーク出版)」、「人生をやめたいと思ったとき読む本(東洋経済新報社)」、「自殺者3万人を救え!ー”命”みんなで守る社会戦略(NHK出版・共著)」
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